有限会社森下林業 中屋 友宏さん
三重県なら年間通して林業ができる!
移住して18年。「優しく接してくれました」
有限会社森下林業 中屋 友宏さん(45歳)
三重県多気郡大台町の山中に広がる広大な森林。伊勢市に本社を構える有限会社森下林業の所有林です。「自社の山だと、責任を持って管理するという意識が高まるし、主体的に判断できる裁量が大きいので、よりやりがいを感じます」と語るのは、従業員の中屋友宏さん。
この大台町内の実に90%あまりを森林が占め、日本有数の多雨地帯である大台ケ原から、清流として知られる宮川水系に至るまで幾多の山々が連なります。
今回は室内ではなく、麓から車で40分ほどかかる作業現場まで赴き、マイナスイオンが溢れる野外の空気を浴びつつお話を伺いました。
林業への関心を深めた屋久島への一人旅
大台町に移住して18年になるという中屋さん。出身は北海道の道南地域に位置する八雲町ということで、三重県に腰を落ち着けるまでには、さまざまな経緯がありました。
幼少期から学生時代を地元で過ごし、高校卒業後は札幌市近郊の大学に進学しました。「当時は世界的に環境問題がブームのようになっていて、幼少期から自然に興味があったこともあり、自然な流れで環境学を専攻できる学科に進みました」。
大学のキャンバスの近くに森林公園があって、そこに生えている木々はどのように利用されているのかと、漠然と思ったのが林業に興味を持つきっかけだったと振り返ります。
大学4年の時に、一人旅で屋久島を訪れた中屋さん。この経験が林業への関心を一段と深めたそうです。「自分なりに調べてみると、日本は森林大国と言われているにも関わらず、林業は危険が多い仕事だとか3K職種とかネガティブな情報が多かったんです。なぜ、そのようなことになってしまうのかと、逆に興味が増してきました」。
大学の授業では、林学について詳細に学ぶ機会がなかったため、もっと体系的な知識を身につけたいと思った中屋さん。ネット検索で見つけた森林や木材に関わる人材を育成する2年制の専門学校「岐阜県立森林文化アカデミー」への入学を考えるようになります。
三重県だったら、一年間ずっと林業ができる
林業への思いが徐々に深まっていった中屋さん。ただ、入学するためには現実問題として学費を稼ぐ必要があり、大学を卒業した後に道内の一般企業に就職しました。
「2年間働いてお金を貯めた後に、アカデミーの試験を受けて合格できました。ただ、事情があって1年で中退することになりまして…」。その後は岐阜県内の製材工場に就職します。
「その製材工場は、自社で山林を所有していて切り出しから住宅の販売まで行っていたので、幅広い職務を経験できました。ただ、自分の中では『林業にどっぷり浸かってみたい』という気持ちを抑えられませんでした」と話します。
ちょうどその頃、結婚したこともあり、生活の基盤を固める意味でも、林業従事者として生きていこうとの決意が固まったそうです。
アカデミー在学時の学長から何社か紹介を受けて、熟慮の末に森下林業へ入社した中屋さん。一番の決め手となったのは、年間を通して林業ができるということでした。
「北海道は冬になると積雪の影響で林業を続けるのが困難となり、やむなく出稼ぎに行く人も多い。当時住んでいた岐阜県の事業体で働く選択肢もありましたが、地域によっては雪が多いところもあります。その点、三重県は気候が温暖なため、一年中山に入って林業を行うことが可能です。これは、自分の中では大きかったですね」と、決断の理由を語ります。
三重県の人は、移住者に優しく接してくれた
大台町に移住して、はや18年。最初はやはり言葉の壁を感じたそうです。「特に高齢者の方との会話が理解しづらかったですね。細かい部分の言い回しとか。もちろん、覚えるための努力をしましたが、慣れるまである程度の時間はかかりました」。
また、人づきあいに関しても少々戸惑いがあったそうです。「まだ親しくない頃でも比較的距離感が近いというか…、それは良い面でもあるんですが、北海道では人間関係は割とさっぱりしていた方だったので」。
紆余曲折はありつつも、今は何の問題もないと言う中屋さん。「現在住んでいる家は、妻のママ友から紹介してもらいました。また、他の地域の話を色々と聞いていると『三重県の人は移住者に優しい』と感じますね。だからこそ、今まで家族4人大過なく生活することができたと思います」と明るい表情で語ります。
就業してしばらく経った頃、森下代表に誘われて、NPO法人「みやがわ森選組」に参加することになった中屋さん。ここでの出会いが大きな転機となったと振り返ります。
みやがわ森選組は、旧宮川村(現大台町)にIターンして居住する林業従事者が中心となり、地域活性化や生態系の保全などを目的として、都市と農村間の交流を図るとの趣旨で設立された団体です。
「トヨタ自動車、イオン、百五銀行さんなどの企業や大学とのコラボで、森林再生や植樹、林業や山村暮らし体験など数多くのプロジェクトを実施しました。この活動を通じて、林業関係者以外の人たちと知り合うことができたのは、貴重な経験となっています」と語ります。
林業関係者以外の人との交流を通じて林業の良さを再発見
「林業って、人里離れた山中で、固定されたメンバーで日々行うというのが大半です。同じ環境で、同じ顔触れで長く勤めていると、煮詰まってしまうこともある。そのようなことを感じていた時に、大企業の社員や大学生と交流できたのは大きな刺激になりましたね」と話す中屋さん。
また、林業関係者以外の人と話をすることで林業がどのように思われているのかを知って、自分自身を見つめなおすきっかけになったそうです。
「一歩引いて客観的に林業を見ることができて、改めてその魅力や良さを再発見できました。逆に、一般社会から林業が遠い存在になっているとも感じました」と語ります。
目的をしっかり持って入ってきて欲しい
「例えば農業なら、美味しい野菜や果実を作れば消費者に喜んでもらえる。反応がダイレクトに伝わり、距離も近い。では林業はどうかというと、良い木を伐った、素晴らしい山を造ったといっても、林業関係者以外の人には理解されにくい。加えて、作業場が山の中ですから、仕事の内容を実際に見る機会が少ないのも、ギャップが大きくなる要因ですね」。
ある林業従事者が「今も斧で木を伐っているんですか」と聞かれたという笑えない話もあるぐらい、林業関係者以外の人から林業は遠い存在になっているのが現状です。
「やはり、世間との距離をなるべく縮めたいですね。それは、林業の今後を考える上でも必要なことだと思います。PRの仕方を工夫したりするのも大切ですが、我々一人ひとりが、閉鎖的にならずに外の世界に目を向ける、社会の出来事に関心を持つといった気概が求められるのではないでしょうか」と真剣な面持ちで語ります。
「林業は、一般的に残業や休日出勤などがほぼありません。他の職業と比べても自由な時間は多い方だと思います。その仕事以外の時間はテレビを見たり、ゲームをしたりするだけでなんとなく過ごすというのは余りにももったいない」と中屋さんは言います。
それは、これから林業の就業を希望する人にも、留意して欲しいポイントだそうです。
「林業従事者になりたいという人は歓迎しますが、目的をしっかり持って入ってきてもらいたいですね。林業で何をしたいのか、何のために林業をやるのか、どのような人生を送りたいのか、事前のリサーチを入念に行って欲しい。今はインターネットでいくらでも情報が取れますし、就業支援の講習なども各地で開催されています。『とりあえず入ったら何とかなるだろう』ぐらいの気持ちだと、たとえ入社できても続けていくのは難しいと思います」。
自由時間の過ごし方も含めて、ライフプランがしっかり出来ている人は、林業を継続している割合が高いと中屋さん。業界全体が人手不足でたくさんの事業体から求人が出ている状況ではありますが、安直には考えないでもらいたいとのことです。
ふだんから自助努力を怠らないことが大切
「林業従事者は、『自分で立つ』という気構えが必要な時代だと思います」と言うのは、代表の森下智彦さん。
「講習会やイベントに参加したり、林業以外の世界に触れたりして、彼のように職場以外のつながりを積極的に作っていって欲しいですね」と、中屋さんの姿勢を評価しています。
ご自身も奥様のゆう子さんとともに、県内の小中学校に出向いて森林や林業について学ぶ出前授業で講師を務めるなど、林業普及の活動を行っています。
未開拓だからこそ、大きな可能性を感じる
「そもそも林業にのめり込んだのは、未開拓な部分が多いからなんですよ。未開拓と聞くとマイナスのイメージで捉えがちですが、私はそこに大きな可能性を感じたんです」と中屋さんは言います。
IT化や機械化は進んではいるが、基本的な内容は長年変わっていない。成熟し切れていない業界だからこそ、工夫や改革の余地が大きいのではないかと考えたそうです。
それでもCSR(企業の環境保全活動)という考え方が普及し、企業も環境保護や森林整備について責任を持つようになった。国や県も、林業支援に力を入れている。林業従事者を増やすためだけでなく、管理職や専門職にステップアップするための講習会やイベントなども増えている。停滞気味だった林業を取り巻く環境も、少しずつ変化の兆しを見せています。
「私も安全衛生講習や、林業就業支援の研修などで講師を務めさせていただいています。自分が人を指導する立場になるなんて、考えてもいなかったですけどね」。
そして、中屋さんはこのように語りました。
「他の職種でキャリアを積んだ人たちが、どんどん集まってくるような業界になればいいですね」。
中屋さんと同じように「未開拓だからこそ、面白い」と考える人がたくさん入ってきてくれれば…。
もしかしたら、林業の風景が変わるかもしれない。そんな予感がします。