中勢森林組合 山田史恵さん

「航空レーザやドローンがどれだけ発達しても、実際に山に入らないと得られない情報があります。
このことは後輩にも伝えていきたいですね」と語る山田さん。

森林がもたらせてくれる価値に注目してほしい
林業を活性化させることが環境保全につながる

中勢森林組合 山田史恵さん(48歳)

三重県津市白山町にある中勢森林組合。「森林との絆、組合員との絆を大切にし、組合員から信頼される組合であり続け、持続可能な森林資源を有効に活用する」を経営理念に掲げ、地域林業の活性化や森林整備のほか、木材の利用拡大にも取り組んでおり、国産材を使った木製品の企画・販売なども手掛けています。
建築や土木用の資材はもちろん、一般消費者向けの木工製品や遊具類も取り扱っており、三重県内だけでなく他県にも納入実績があるとのことです。

初めての女性技術職員として林業の道に

今から約22年前、26歳の時に縁あって中勢森林組合に就職したという山田さん。当組合では、創立してから初めての女性技術職員だったそうです。「当時の代表にとって、思い切った決断だったと思います」と、懐かしそうな口調で振り返ります。
結婚後、子育てに専念するため退職しますが、組合内に新設された企画課の立ち上げメンバーにと誘いを受けて復職。現在では森林の境界や現況の調査、図面データの管理のほか、環境教育の講師や企業の環境保全活動(CSR活動)の指導など、多様な業務を担当しています。
お話を伺ったのは、中勢森林組合内の応接室。テーブルや椅子も木で造られているほか、室内全体にやわらかな陽光が差し込み、明るく穏やかな雰囲気を醸し出す中でのインタビューとなりました。

今でいう「林業女子」の先駆けだった山田さん。少女時代は「アリの行列を飽きることなく観察していた」と回想するように、幼い頃からいのちあるものや自然への関心は高かったそうです。地元の高校を卒業後、三重大学の生物資源学部に入学。森林資源コースを選択して、林学や環境保全に関しての学びを深めていきました。
「学業自体は面白くて、大学院まで進みましたが、そのまま研究者への道を歩んでいくことに迷いが生じてしまって…」と、修士課程を修了した後、岐阜県内の山村に2年間滞在して、過疎化が進んだ田舎での生活を実際に体験したそうです。
「仕事の合間に、林業の手伝いなどもして、今から思えば貴重な経験になっています」。

山の所有者の考え方が変わりつつある

三重県に戻り、同組合に就職した頃は、先輩に連れられて毎日のように山に入り、現場の管理や測量をするのが日課だったと言います。
「当時の林業も、産業として成り立つのが難しいような厳しい状況でした。それでも、山林の所有者さんが山に入りご自身で管理するのは当たり前という感覚がありました。少なくとも今のように所有者さん自身も自分の山がどこにあるのかよくわからないなどということはなかったですね」。
間伐(森林整備)などの施業も普通に行われており、所有者の山に対する意識も今より高かったと思うと述懐します。

森林所有者の代替わりが進んだのに加えて、国内の木材価格の低迷や、獣害の増大などの要因により「林業離れ」が進んでいます。その結果、特に山間地域から離れたエリアでは「自分が山林の所有者であることを知らなかった」とか「親から相続した山があるが、入ったことは一度もない」という人が年々増えているのが現状です。
そのような所有者に対して、あいまいになっている境界を明確にして適切な施業を行い、代々受け継いだ山を次世代に繋げて、財産として生かせるようなアドバイスを行います。
「私が20歳代だった頃は、山の境界は所有者さんに教えてもらっていました」と山田さん。今では所有している山林の状況を把握できずに「森林組合ならわかるだろう」と問い合わせに来るケースも多いそうです。

手入れを怠ると、山は荒れてしまう

「人の手で植えた山は、その後の手入れを怠っているとどんどん荒廃していきます。その意味でも林業を活性化させることが、環境保全にもつながると思っています」と山田さん。
実際に森林管理の現場で現況調査を行う山田さんに同行しました。
企画課の課長である赤野充典さんと共に、状況確認を行う山田さん。立木の価格を決める材積計算について、この現場では航空レーザで測ったデータとの誤差がないかを調べています。病害虫による被害や腐れ、木の曲がりなど目視でないとわかりにくい部分もしっかり確認します。

「ベースとなる図面をデータ化して、経験の有無に関係なく誰もが使いやすく、わかるようにしていく。その辺りを彼女に担ってもらっています。情報処理能力は高いですね」と赤野さん。
「十分な知識を持った年配の方から、何もわからないという若い人まで、山の所有者さんも千差万別です。山田さんはどのようなバックボーンを持った方でも、柔らかい接し方で、納得してもらえるように説明することができますね」と高く評価しています。
最近はCSR活動などを通じて、一般企業と関わることも増えてきたそうです。従来に比べてより柔軟で新しい考え方が求められるようになった今、豊富な経験に基づく山田さんの斬新な意見やアイデアに期待する場面も多くなるだろうとのことです。

性差より向き、不向きで考えてほしい

「イノシシや鹿、サルを見かけるのはしょっちゅうです。でも、刺激しなければこちらに向かってくるというようなことはないので」と山田さん。「気づかないうちにイノシシの親子がすぐ脇を走り抜けたことが一度だけありました。あの時はさすがにドキッとしましたね」と話しつつも「動物や虫などの対策はもちろんしていますが、マダニぐらいですかね。悩ましく思える存在なのは」とさらっと語ります。
測量・調査等が主な職務ということもあり、今まで特に危険な目にあったことはないそうです。また、山に向かう時は「入らせていただきます」という気持ちを忘れないとか。多種多様な生物たちの住処であり、テリトリーであるという意識を常に持っているそうです。

林業に従事する女性にとって、よく取り上げられるのが、いわゆる「トイレ問題」。山での作業中に、トイレに行きたくなったらどうするか。この点について山田さんは「学生時代からフィールドワークで山に入っていたので、私自身は特に抵抗はありません。逆に男性だから気にしないということではなく、やっぱり気になる人もいると思うし、あまり女性、男性と分けて論じるのもどうなのかと…」。
性差に関わらず向き、不向きはあるはずなので、山の仕事に興味があれば、男女問わずぜひ目指してほしいと語ってくれました。

森には不正解がない。個々の感性に委ねられる

「木材生産だけが山の価値ではありません。森林が持っている様々な効用にも目を向けてもらいたい」と語る山田さん。参加した研修で講師が語った「森には不正解がない」という言葉に感銘を受けたとか。一人ひとり異なる考え方に共感する場として、最適なのが森であり、同時に自分の考えをそのまま受け入れてもらえる体験は子どもだけでなく大人にも必要なことだと思ったそうです。
森の中で匂いや音、触覚など五感を駆使して感じたままを、集まった人たちに話す。聞いた側はそれに共感して、受け入れる。たくさんの気づきが得られるフィールドとして、担当する環境教育やCSR活動の際などに活用していきたいとのことです。

「自分の考えや意見を否定されずに全て受け入れてもらう体験は、自己肯定感を高めることにつながると思います。ネガティブな部分も含めて、今のあなたでよいと認めてもらえる。そのような癒しの空間として森林が認識されるのは嬉しいです」と語る山田さん。 「コロナ禍も収束しつつある今、森林での体験活動はどんどん増やしていきたいですね。こちら側から正解を求めるような形ではなく、あくまで一人ひとりの感性に委ねていくスタイルがベストだと感じています」と笑顔で語ります。

変革が進む林業の現状を知ってもらいたい

「復職の誘いを2度断られて、これが最後だと決めてもう一度アタックしました。そうしたらようやくOKが出て…」と苦笑しながら語る山崎昌彦さん。子育てに専念するため退職した山田さんを、これからの組合に必要な人材として位置付けていたと言います。
「経験があり、即戦力だったというのが一番の理由ですが、これからの林業の在り方を考える上で、山田さんの存在が大きかったというのはありますね」。
環境教育やCSR、一般向けの広報などの分野に力を入れていく方針なので、母親の視点や子育ての経験なども活かしつつ中心メンバーとして活躍を期待しているとのことです。

組合の理事参事という要職を務める山崎さん。その立場から、将来の林業を担っていく人物像についても話を伺いました。
まず、職業を決めるにあたり様々な選択肢を持つ若い世代を中心に、林業の今の姿をぜひ知ってもらいたいとの思いがあるそうです。
「林業というと、昔ながらのイメージのままで捉えている方も多いかもしれませんが、あらゆる面で変革が進んでいる産業です。待遇も含めた働き方の見直しやデジタル化も進み、プランニングやプレゼンテーションの必要性も高まっています。これから林業を基軸にしたビジネスの創出や、新たな領域へ進出する機会も大いにあると考えています」。 興味を持った方は、直接会ってお話することも可能ですと語る山崎さん。林業が持つハードとソフトの両面におけるポテンシャルは高く、異業種で得意分野を持つ人などが参入するチャンスもますます増えていくだろうと力強く語っていただきました。

「わざわざ」山に行く時代をどう考えるか

国土に対して森林面積が占める割合は約7割。実に森林が2/3を占めるという、世界でも有数の「森林大国」である日本。ただ、フィンランドなど一部の北欧諸国のように林業が基幹産業として成り立ってはいません。いわゆる「林業先進国」とは言えない現状について、どのように考えるか。山田さんの見解をお聞きしました。
「あくまでイメージですけど、いわゆる先進国と言われるようなところは、山が生活の一部になっているような気がします。数十年前には日本も里山文化のような、森林と共生していく考え方があったと思います」。
薪や焚き付けを山から採ってきて、炊事や風呂焚きに使ったり、道具や資材を竹などで作ったりといったことが普通に行われていたと、昔を知る山の所有者さんなどからよく聞いたそうです。

「国内の林業従事者の意識はすごく高いと思います。でも山を所有していたり、山間地域に住んでいたりする方からでも、森林がどんどん遠ざかってしまっている。生活に必要な道具や資材も、山から採ってくるよりホームセンターで買ってくることがほとんど。休日に重装備で『わざわざ』山に行くという感覚で、すっかり非日常な行為になっています」。
このような現状を憂いつつも、山田さんは「特に都会に住んでいる方を中心として、自然回帰というか、そのような流れは確実に大きくなっていると実感しています。先に述べた森林活動もそうですし、登山やアウトドアを趣味にする人が増えたのもその一環かもしれませんね」と語ってくれました。

山と人間との幸福な関係とは、どうあるべきなのか。

山田さんの探究は、これからも続きます。