大紀森林組合 片岡淳也さん

「チェンソーの競技大会に出場するのも、樹木医の資格を取得したのも、一般の人たちに今の林業の姿を知ってもらいたいからです」と片岡さん。日々学ぶことは尽きないと語る。

大紀から「世界のチェンソーマン」を目指す
樹木医として林業の重要性を訴え続けたい!

大紀森林組合 片岡淳也さん(39歳)

三重県の中勢部に位置する大紀町は、総面積の91%を森林が占めるという豊かな自然に恵まれた町です。近隣の大宮、紀勢、大内山の3組合が合併して設立された大紀森林組合は、平成3年に発足して以来32周年を迎えました。地域に存在する多くの山々の整備を行いながら森林の持つ力を引き出して、町に住む人々の住環境を支えていくという使命を果たすため、地元で生まれ育った人を中心に、20~50歳代の幅広い年齢層のスタッフが林業に従事しています。

「地域に貢献したい」との思いで林業に

今回お話を伺うのは、安全・指導対策室の安全指導員として活躍されている片岡淳也さん。地元の高校を卒業後に自動車の整備士となりますが、26歳の時に大紀森林組合に転職。林業従事者として13年のキャリアを重ねています。
組合の中堅職員として力を発揮しているほか、林業人材の育成機関である「みえ森林・林業アカデミー」でも講師を務め、後進の育成にも携わっています。
Voice3で紹介した西晋矢さんとは、一時期同じ班のメンバーとして共に働いた経験があるそうです。「とにかく向上心が旺盛で、林業に本気で取り組むという姿勢が伝わってきました。働く場所は別れましたが、今でも刺激を受ける存在ですね」と、西さんのことを評しています。

大紀町で生まれ育った片岡さんにとって、転職して林業従事者になったことは「自然な流れ」だったと言います。「もちろん仕事としては未経験で何もわかりませんでしたが、幼い頃から森林に慣れ親しんできたことに加えて、年齢も若く体力にも自信があったので、それほど苦労することなく入っていけたような気がします」と当時を振り返ります。
「地域に貢献できるような仕事がしたい」と常々思っていたという片岡さんにとって、林業はまさにうってつけの仕事だったといえそうです。

「チェンソーが好き」から競技の世界へ

「伐倒に限らず、チェンソーを使う作業が一番好きですね」と語る片岡さん。前職が自動車整備工だったこともあり、エンジンが響く音に魅力を感じて「初めて持った時から身体にしっくりくる」感覚があったと言います。自ら本を買って勉強したり、自宅で動画サイトを見たりして研究を重ねた結果、今では競技大会に出場するまでになりました。
チェンソー競技の採点基準は安全面が基本となり、さらにスピードと正確性が必要とされます。特に安全に関する項目は厳しく、日常の扱い方よりもいっそう高いレベルが求められるそうで、それを知っただけでも競技に参加する意義があったと語ります。

「三重県内の大会で優勝して、初めて出場した全国大会では、成績が振るわなかった以上に、他の出場者とのレベルの違いを痛感しました」と語る片岡さん。競技に対する本気度が違ったと自戒し、いっそう練習に熱が入ったそうです。
3度目の挑戦となった「第4回日本伐木チャンピオンシップ2022」。全国から100人余りが参加した決勝大会のプロフェッショナルクラスにおいて、堂々の総合6位となりました(写真:前年の鳥取大会総合第3位、世界予選ではない)。
「最初の頃に比べれば、技量が高まったという手応えを感じることができました。ただ、総合3位までに入れば、エストニアで開催された第34回世界大会への出場権を獲得できたので、もう少し頑張っていればとの思いは残りましたね」。
次に世界大会が開催されるのは2025年。まず国内で3位以内に入り、世界大会に出場してメダルを獲る。大紀から世界の頂へと羽ばたくその日に向かって、片岡さんの壮大なチャレンジは続きます。

「組合の仲間はもちろん、チェンソーメーカーの方も期待してくれて、サポートやバックアップをしてもらっているので、結果を出して応えたいという気持ちはあります」と決意を述べる片岡さん。
チェンソーを操るには、単なる力よりも身体の使い方が重要で、力学的な要素も入ってくるそうです。年齢が高くなると不利になるわけではなく、それまでの技術の蓄積でカバーできるとか。女性でもコツを掴めば十分使いこなせると言います。
ただ、競技に熱中し過ぎて、本来成すべき仕事が疎かになってしまっては本末転倒なので、バランスをしっかりとって両立させていきたいとのことでした。

樹木医の資格取得で林業の在り方を再認識

チェンソー競技の世界大会出場とともに、片岡さんが目指したのが「樹木医」の資格を取得すること。2023年11月、すべての審査をクリアして見事合格を果たしました。「今まで森林や樹木のことをよく考えることなく作業していたし、深く知ろうとも思いませんでした。正直、切った木の名前もロクに知らないという状態で、これではプロとしてどうなのかなと」。特に上司から言われたわけではなく、周囲に樹木医の資格を取った人もいない中、思い立って勉強をはじめたということです。
樹木医になるためには、樹木の保護・育成・管理などミクロの視点と、森林生態系の知識を含めた林業全体に関わるマクロの視点の両方が必要になります。片岡さん自身、勉学を進めていく上で、地球環境の維持に関して林業の重要性に改めて気づかされたそうです。
「子どもや孫世代の将来を考える上で、林業がなぜ重要なのか。そのことを多くの方々に伝えていければと思います」。

ニーズの高い特殊伐採の技術も習得

昨今、林業界でにわかに注目されているのが「特殊伐採」(アーボリカルチャー)です。
高い木があって切り倒したいが、近くに建築物や送電線がある、あるいは急傾斜地に立っていて重機が使えず、根元から倒すのが難しい場合に、作業員が特殊なロープや金具を使って木に登り伐採していきます。高い技術が要求される上に危険も伴う任務ですが、手入れを怠ったまま巨大化した木がもたらすトラブルが頻発している中でニーズが高まっています。
片岡さんはわざわざ県外で研修を受けて、全国的にもまだ少数である特殊伐採の作業員としての技術を身につけました。
またアーボリカルチャーは「樹木学」として、樹木に関する知識や技術の総称という意味合いもあります。片岡さんも「特殊伐採を学んでいくうちに、樹木医の資格を取ろうとの意識が芽生えてきました」とのことです。

林業は危険、だから自ら学ぶ姿勢が必要

安全指導員の肩書を持つ片岡さんに、林業における労働災害について率直なご意見をお聞きしました。
「確認不足や技量不足の他に、慣れによる思い込み、または心身の疲労がたまっていたり、グループ内のコミュニケーション不足などでも起こったりすることがありますね」。
林業従事者となって13年、この間幸いにも大きな事故に会ったことはなかったそうですが、ヒヤリとしたことは何度かあったと語る片岡さん。事故を起こすと自分が痛い目にあうのはもちろん、周囲の人々や組合に迷惑をかけることになる。人間である以上、ヒューマンエラーを完全に無くすことは難しいにせよ、事故を防止するためには当たり前のことを当たり前に行うという自らの心構えによる部分が大きいとのことでした。

機械化やデジタル化が進み、安全対策が徹底されて、労働災害の数も減少傾向にある林業ですが、依然として危険な仕事と思われていることに関してどう思うか。
この点について片岡さんは「まず、大前提として林業、特に現場での作業は危険が伴います。ここを無視することはできません」ときっぱり。
「何が危険かということがわかっていないと退避もできない。それこそ命が奪われることになるかもしれない。だからこそ想定されるリスクに関して自ら学んでいこうという姿勢がないと厳しい。適当な考えのまま進めているとケガをする可能性も高くなると思います」。
安全指導員として、そして現場の作業者として危険な場面に遭遇した経験もある片岡さんならではの言葉です。

経営目標は①安全第一(ゼロ災害)②人の成長③堅実経営の継続

大紀森林組合の参事を務める大野敏弘さん。片岡さんについて「資格取得や研修の参加に積極的で、常に新しい技術や知識を習得しようとの意欲に溢れています。これから若手の指導・育成にも力を発揮してくれると思います」と、中堅から将来の幹部職員へと期待は大きいようです。
組合の組織が目指す指針として①安全第一(ゼロ災害)②人の成長③堅実経営の継続という3つの柱を掲げていると大野さん。
年間休日126日(2022年実績)、残業無しの定時退社が基本で、遠方や都会から移住を考えている人向けには町営住宅を用意しており、入居することも可能です。また、全職員月給制で賞与も年2回支給などワークライフバランスを意識した待遇改善にも努めています。そのかいあって応募者も増え、2023年度は4名の新入職員を迎えることができたそうです。

学び続けること。それが林業の奥深さ

「プライベートでは仲間同士で海釣りに行ったり、キャンプに行ったりなどアウトドアの趣味を共有することもあります。オフの時間も含めてコミュニケーションを円滑にすることは、仕事の際の事故防止にもつながるのではないでしょうか」と大野さん。
片岡さんも「林業従事者は〝職人〟ではないと僕は思っています。モノを作る仕事ではないので。決められたことを実直に続けていくというよりも、林業の多様な業務に柔軟に対応できるような人材がこれからは求められる気がします」。
その意味で異業種から転職したいと考えている人にも期待しているとか。「僕も転職していますが、林業は今過渡期を迎えていて、色々な可能性を秘めています。だからこそ、林業以外の経験が役立つ場面も多々出てくるのではないかと思います」。

そして、最後に「とにかく自ら勉強すること。危険で辛い時も確かにありますが、本気で取り組めばこれほど奥の深い仕事もそうはないでしょう」

学び続けていけば、考えることが無限に出てきて、面白いと感じる瞬間が必ず来る。

林業を目指す人への、片岡さんからのエールです。