株式会社フォレスト伊賀 米川 哲平さん
「自分の山を持つのが夢」。自然が好きな少年は
林業従事者となり、森林と共に生涯を歩んでいく
株式会社フォレスト伊賀 米川 哲平さん(39歳)
衰退しつつある地域林業を活性化させたいと地元からの要請を受け「伊賀の山を守り、伊賀産の原木を安定供給する」という目的を掲げて設立されたのが「株式会社フォレスト伊賀」です。創業から22年間、原木の伐採や搬出から山林保育・管理、特殊伐採などの業務を行い、堅実で安定した経営を続けています。
事務所の目の前には、西垣林業株式会社三重営業所が運営する「原木市場マルタピア」の広大な敷地が広がります。伊賀・名張地区における唯一の原木集積地として機能しており、取材当日は小雨が降りしきる中にも関わらず、多数の買い方が集まりセリが盛んに行われていました。
小動物への興味が、やがて森林への関心に
今回お話を伺ったのは、フォレスト伊賀へ入社してから13年目を迎えるという米川哲平さん。幼い頃から自然が好き、そして小動物が好きだったそうで、実際に飼育したことも数多くあるそうです。「カマキリやコオロギ、バッタ、トカゲやザリガニも飼った経験があります」とのこと。その中でも特に米川さんの心を捉えたのはカブトムシとクワガタ。「単純に強そうに見えてカッコいいし、幼虫から時間をかけて育っていく過程を辿っていけるのも魅力です」と語ります。ちなみにクワガタの飼育は、現在も続けているとか。副業目的の売買などはせず、あくまで趣味として楽しんでいるそうです。
現場で作業をする方が、性に合っていた
命あるものへの興味から、次第に森林や山への関心を深めていった米川さん。実家を離れ、生物学や林学を専攻できる大学への進学を決めました。ただ、思い描いていた内容とは、少々違っていたとのことです。「林業を経済的に成り立たせるためにはどうすればよいかといういわゆる座学が中心で、山に入ったり、森林を調査したりする機会はほとんどありませんでした。林業にとってはタイムリーなテーマなのでしょうけど、正直なところあまり興味が持てなくて…」。理論を深めていくよりも、現場で汗を流して働く方が性に合っていると考えた米川さんは、思い切って大学を中退。和歌山県にある「わかやま林業労働力確保支援センター」が主催する就業支援講習を受講することを決意します。
「講習は1ヶ月間泊まり込みでみっちりと。チェンソーや刈払機の操作や、小型重機の運転、フォレストワーカーに必要な資格取得のための勉強など内容は濃かったですね」と、当時を振り返る米川さん。改めて「現場作業は自分に合っている」と感じたそうですが、学生時代に運動部に所属した経験がなく、どちらかというとインドア派だったこともあり、体力面ではやはり厳しかったとのことです。 「何とかついていけたのは、この機会を逃せばもう働くところがないぐらいの気持ちでいたからです。それこそ石に噛り付いてでもやり遂げようと思っていました」。大学を中退して、背水の陣を敷いた状況の中、どうしても林業従事者になるとの強い気持ちで取り組んでいたことが窺えます。
講習が修了した後、就職活動を行った米川さん。三重県内での就業を希望する旨を伝えた上で、和歌山県の支援センターを通じて求人が来ていた事業体の中から、最初に紹介されたフォレスト伊賀に入社しました。鈴鹿市内に自宅を構える米川さんにとって、通勤できる距離だったというのが決め手になったそうです。
「職場見学をさせてもらいましたが、ちょうど時期が冬だったのもあり『キツそうだな』というのが第一印象でした。実際の現場を目の当たりにして、不安がなかったわけではありませんが、ちょうど東日本大震災があった頃で景気自体が失速していたのもあり、やはりこの道しかないと自らに言い聞かせました」と、当時の思いを語ってくれました。
「やる気」と「山が好き」かどうかがポイント
「入社を希望する人に関して重視するポイントは『やる気』と『山が好き』かどうか。てっちゃんからは2つとも感じられました」と親しみを込めて語るのは、代表取締役の東昭男さん。
「彼の良いところは、頭の中で段取りをきちんと組み立てて作業に取り掛かること。決して慌てず丁寧に物事を進めるので、周囲の人間に安心感を与えるし、事故を防ぐことにもつながります」。
穏やかな話し方で、いかにも好々爺という雰囲気の東さん。ただ、米川さんによると「正確に伐倒できる技術に関しては、まだまだかなわない」そうです。現場に出る頻度は少なくなったそうですが、次世代を担う人たちにとって未だ目標とされる存在となっています。
フォレスト伊賀創業時からのメンバーであり、現在では副社長の重責を担っている鈴井悦子さん。「求める人材としては、やはりコミュニケーションがしっかり取れる人、チームで仕事を進めるのでこの点は欠かせません」とのことです。
「当社は若い人が比較的多いので、どうしてもお母さん的な視点で見てしまいます。先輩や同僚に言いにくいことがある時にさりげなくフォローしたり、なるべく話しかけたりするように心掛けています。新人だった彼らが結婚して家族を持ち、やがて一軒家を構える。成長して一人前になっていく過程を見続けていると、本当に感慨深いですね」。
時に厳しく、事故に会う危険も皆無ではない林業。だからこそ、アットホームな雰囲気を大切にしていると鈴井さん。「経営幹部としての立場から、待遇面の改善や職員への還元も進めています。興味を持たれた方はぜひ職場見学に来てください。女性も大歓迎です」と、柔和な表情を浮かべながら語ってくれました。
伐倒の技術を、生涯を掛けて突き詰めていきたい
現在は、主に伐倒、集材、造材の分野を担当している米川さん。「将来は、作業道を開設するのに必要な重機の免許を取得して、現場全体を管理するリーダー的な立場を目指したいと思います」と抱負を語ります。
業務が細分化し、新たな分野への進出なども行われている現代の林業ですが、米川さん自身はあくまで現場での作業にこだわり続けたいそうです。「木を伐って、出す。林業の原点ともいえる伐倒の技術を極めていきたいですね。修得するのに完全ということはなく、それこそ終わりのない道ですが、生涯を掛けて挑む価値があると思います」。
「林業の醍醐味というのは、やはり見上げるばかりの大木が周到な準備をした末に、轟音を立てて倒れていく。その瞬間ですね。特に自分の思い描いた通りの場所にピンポイントで倒れた時は、快感という以外の何物でもありません」と熱い思いを吐露する米川さん。
林業以外では、まず経験できないからこそ、これからフォレストワーカーを目指す人には、ぜひ目の前で見て感じてみてほしいということです。
また、自然の中で汗を流して働くというのは、健康的な日常につながるとか。体力がつくのはもちろん、少々の悩みや嫌な出来事も、澄み切った空気の中、緑に囲まれた環境で業務に集中していると、いつの間にか吹っ飛んでしまうそうです。
心身ともにグッドコンディションを維持しているという米川さん。これも、林業という職業を選んだメリットではないでしょうかと話してくれました。
就業希望者には「覚悟を持って来て欲しい」
「昨日と天候が違う、伐る木も違う。場所も変わる。日々移り行く自然が相手なので、作業自体にマンネリを感じることが少ない。しんどい部分もありますが、面白味も感じられる。奥深い仕事だと言われる所以ですね」。
林業の魅力をひとしきり語る米川さんに、就業を希望する人に対して何か言いたいことはありませんかと尋ねてみました。
この質問を受けてしばらく考え込んだ後、米川さんはおもむろに言葉を発しました。
「覚悟を持って来て欲しい…ですね」。
米川さんの話は続きます。
「当たり前の話ですが、自然は人間に優しい時ばかりではありません。夏は直射日光が降り注ぐ中で、冬は雪が積もって氷が張っている所でというのは普通のことです。時には過酷な状況で作業を行わなければならないという別の側面も知っておいて欲しいと思います」。
トラブルに見舞われたら、耐えるよりも受け流す
林業従事者になって、最初の難関は体力面でついていけるかどうか。ここをクリアできても今度は環境の問題。先述したように夏は暑く、冬は寒い。加えて衛生害虫と呼ばれる、人に危害を及ぼすアブ、ブユ、蜂などには常に警戒していなければなりません。特に大型の蜂などに刺されるとアナフィラキシーショックで命の危険にさらされるケースもごく稀にですがありえます。ようやく慣れたかなと思って、つい緊張が緩んだ頃にケガをしてしまう。気持ちが切れてしまうような出来事が少なからず起こりますと語る米川さん。
周囲の人間がいくら相談に乗ったり、助言したりしても、最終的には本人自身で乗り越えてもらわなければならない。「嫌なことがあったら、耐えるのではなく受け流す。いつまでも引きずらない。“鈍感力”のようなものが必要だと思います」。自身も様々なトラブルに見舞われながらキャリアを重ねてきた米川さんからのアドバイスです。
獣害は林業の将来にも関わる深刻な問題
「現場を預かる身として『林業はこの先続けていけるのだろうか』と思うぐらいの危機感を持っています。」と米川さんが語るのは、いわゆる「獣害」について。
植えたばかりの苗木を食べる、木の樹皮を剥いだり、角や爪で傷をつけたりして商品価値を台無しにしてしまう。シカ、クマ、イノシシなどの野生動物がもたらす被害は、世間の人々が思う以上に深刻さを増す一方だということです。
防護柵で囲う、ツリーシェルターといわれる筒状のカバーを苗木にかぶせるなどの方法も普及していますが、決定打といえるものではないそうです。
今のところ、人海戦術で一頭ずつ駆除するしか有効な方法がないとか。「天敵と言える存在がなく、猟をする人もどんどん減ってきている。木を伐る我々の人数が増えたとしても、肝心の木が獣害によって育たないのならどうしようもありません」。
国や県がもっと前面に出て、抜本的な対策を講じてほしいと話す米川さん。「森林環境税の徴収も始まりましたが、獣害対策にもぜひ活用してもらいたいですね」と訴えます。
そうは言っても、やっぱり後輩には来て欲しい
同期で入社した3人のうち、今も林業を続けているのは米川さんのみ。そのような現実を踏まえて「こんなはずではなかった」というギャップをなるべくなくしてもらいたいと、就業を希望する人に向けて、あえて厳しい言葉を投げかけた米川さん。
「ただ、後輩となる人に来て欲しいと切実に思っているのも事実です。我が社にというだけではなく、たくさんの人がこの業界に興味を持ってもらえれば」。
そんな米川さんに、将来の夢を聞いてみました。
「自分の山を持ちたいですね」。
どんな木を植えようか、昔飼ったことのある昆虫や動物も来てくれるか。
クヌギを植えて、カブトムシやクワガタの楽園にするのもいい。
木の実や山菜もたくさん獲れるように、シカやイノシシばかり来られると困るなぁ…。
やっぱり、山が好きだったから、林業から離れなかった。
米川さんは、今日も伊賀の山中でチェンソーの音を響かせています。