株式会社荻野林業 代表取締役 荻野 隼さん

“変な”林業屋でありたい!若き経営者は
「林業ドリーム」実現のために東奔西走
株式会社荻野林業 代表取締役 荻野 隼さん(28歳)



2014年(平成26年)に公開された映画「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」(矢口史靖監督)。何もわからないまま林業の世界に飛び込んだ都会育ちの青年が、悪戦苦闘しながら成長していく姿を、ユーモアと感動を交えて描き、多くの人々の共感を得ました。
この映画の主要なロケ地となったのが、三重県津市美杉町です。撮影時には地域の住民たちがエキストラとして参加したほか、映画を観たファンからは「聖地」と評判になり、観光を兼ねたロケ地巡りに訪れる人が未だ絶えません。
東海地方で初の「森林セラピー基地」として認定されるなど、見渡す限りの山々が連なるこの地に、新たな林業会社が3年前に立ち上がりました。
それが「株式会社荻野林業」です。

建築士を志望していた青年が林業の世界へ
「個人事業として同級生と二人でスタートして、お蔭様で今年の7月には法人化することができました」と語るのは代表取締役の荻野隼さん。一見、どこにでもいる今風の若者といった雰囲気ですが、一言一言話す内容には経営者としての重みがあり、ある種の威厳も醸し出しています。
三重県津市生まれの荻野さんが、幼いころになりたかった職業は「建築士」。高校卒業後に将来の進路を模索しつつ、まずは中心街から離れた美杉町に点在する古民家のリフォームやリノベーションを手掛けたいと考えていたそうです。
「その延長線上で木のことをもっと知りたいと思い、林業から製材まで幅広く手掛ける美杉町の事業体に入社しました。当時は「ちょっとかじればいいか」ぐらいの気持ちで、ずっと続けようとは思っていなかったですね」と振り返ります。

「辞めてしまおう」と思うこともあった
学生時代には林業を職業にするなどと考えたこともなく、そもそも何をするのかということもよくわかっていなかったという荻野さん。
「林業に対するイメージとしてよく言われるのが『自然豊かな環境で、四季の移り変わりや天候の変化などを肌で感じながら健康的に働ける』といったところですよね。でも実際にはチェンソーの音はうるさいし、重機の排気は臭いし、雨の降った次の日は泥まみれになるしで…」。
そのようなギャップに加えて、身体への負担が大きくケガをする危険も伴う。その対価として金銭面で他業種より報われるかというとそうでもない。林業をはじめて2、3年ぐらいまでは「辞めようかな」と思ったことも何度かあったそうです。

技術の向上により仕事の楽しさに目覚める
胸中がモヤモヤしていた時期に、巡り合ったのがベテランの林業従事者。この出会いが、林業に対する姿勢が変化するきっかけになったそうです。
「和歌山から1年限定で手伝いに来てくれた方なんですが、伐倒の技術をはじめ、さまざまな手法を教えてもらいました。できなかったことができるようになると、徐々に仕事が面白くなってきて、辞めたいという気持ちは薄まっていきましたね」。
林業と一口に言っても、現場が変われば仕事の内容も変わるので、飽きることがないとも語る荻野さん。技術が向上するとともに考えることが増えていく。現場ごとにさまざまな選択肢が出てきて、その中から最適解を見つける。もちろん失敗もありますが、その過程が楽しいし、林業という仕事のやりがいだと感じるとのことです。

同世代の仲間を増やしたいと独立へ
林業従事者となって6年ほど経った頃、荻野さんは勤めていた事業体を退職して「荻野林業」を創業します。
「同世代の林業従事者を増やしたいという気持ちをずっと持っていました」と語る荻野さん。独立に至った背景には、ある思いがありました。
「仕事自体は面白くなってきたんですが、他業種に勤める同級生たちと給料の話題になると、自分が貰っている額は低いんだなと思わされることが多くて…」。
若い人たちに林業に関心を持ってもらうためには、仕事の魅力や楽しさを伝えることも大切ですが「どれだけ貰えるのか」という問いも無視できない。「一緒にやろうぜ」と言いたいけど言えないといった現状を変えていきたかったと力を込めます。

同級生からの申し出に二つ返事で応じる
荻野林業の創業時からのメンバーである紀平悠輔さん、高校のクラスメートだった荻野さんとは、まさに盟友ともいえる関係です。
「荻野から『独立するから手伝ってくれないか』と誘われた時、不安とかは特に感じなかったですね。高校生からの付き合いなので、彼の人となりはよく知っています。それまで、アルバイトという形で仕事のサポートをしていましたし『あの真面目で慎重な性格の荻野が言うんだから』という気持ちでした」と語る紀平さん。
林業従事者となって3年足らず。まだまだ覚えることが多いと自覚しているそうですが、プライベートでは結婚したばかりで「妻と色々な場所に行くのが楽しい」とも。また、休日出勤や残業などが基本的にないので「将来子どもが生まれても、世話をしたり遊んだりする時間はしっかり取れると思います」と笑みを浮かべます。


将来の伸びしろが大きいところが魅力
つい最近、24歳で林業未経験の男性が荻野林業に入社しました。二人体制から待望の後輩ができた紀平さんは「できれば人はもっと欲しい。少人数なので、どうしても浅く広く何でもこなせる人を求めがちにはなりますが…。当社のセールスポイントといえば、将来の伸びしろが大きいということ。上意下達ではなく『同世代で一緒にやっていこう』というスタンスなので、人間関係の悩みも少ないと思います。逆に出来上がった組織が良くて、安定を求めるのであれば他の事業体に行った方がいいかもしれません」と言い切ります。
現在、荻野さんが現場の作業と経営、営業とフル回転なので、負担をなるべく軽減させてあげたいと話す紀平さん。「現場のことは俺に任せておいてと言えるようになるぐらい、林業従事者としてのスキルを高めていきたいですね」と話してくれました。

創業から3年、想定以上の売り上げを達成
創業から3年を経過した今「当初予想していた以上の売上額を達成できました」と、荻野さんは声を弾ませます。
現在では搬出・間伐を主とした森林整備、建築現場の足場やカキ養殖の筏に使われる丸太の製造販売、市街地での伐採作業を三本柱として事業を進めているとのことです。最近になって増えているのが、工事や通行の邪魔になるぐらい大きくなり過ぎた市街地の木を伐ってほしいとの依頼。自社保有の大型トラックで重機を運び「どこにでも伺います」と、小回りが効くフットワークの良さをアピールしています。
ブログやインスタグラム、ラインなどのSNSも積極的に使って、日々の活動や林業に懸ける思いなどを発信している荻野さん。フォワーダなどの高性能林業機械も揃え、海外にも丸太を輸出するなど、事業体としての形が着実に整ってきています。

自らを「変な林業屋」と称する荻野さん。そこには彼なりの考えが息づいています。広大な社有林を持っているわけではなく、何代も続いているような老舗の林家でもない。まさに、何も持たないところからのスタートでした。だからこそ、前例にとらわれない創意工夫や新たなビジネスモデルが必要になってきます。
「実績が乏しい僕たちには、状態が良くて良質の木材が搬出できるような山は、なかなか任せてもらえない。山主さんと交渉しても、断わられることもしょっちゅうです。必然的に整備するのは、他の事業体が手を出さないような条件の悪い山になります。でも逆に考えれば、そういう山でも採算が取れるようになっていけば、この先も仕事には困らないだろうと思いました」と語ります。


手入れされない放置林が「宝の山」に変わる
いわゆる放置林となり、他の事業体なら細かく砕いてチップにしてしまうような木しか生えていないような場所でも、独自の販路を持っていれば「宝の山」に変わると言う荻野さん。
その販売先の一例が、創業時から行っているカキ養殖用の筏丸太です。管理不足で太く成長せず、普通なら木材市場には出せないようなヒノキが、荻野林業を支える重要な商品になっているのです。
「カキ養殖の盛んな鳥羽市浦村町で筏に使う丸太を納めています。最初に購入していただいた業者さんが、近辺の同業者にも声を掛けてくれたので、取引先も徐々に増えています」。
このような木材の利用先に思いを巡らし、新しい販路を開拓していけば「林業は儲からない」と言われる今であっても、経営は十分に成り立つと荻野さんは考えています。

「伐倒して『良い木を伐った』と林業従事者が思ったとします。それは誰にとっての『良い』なのか。伐った本人なのか、あるいは事業体なのか。僕はやはり、木を買ってくれる人にとっての『良い』でなければならないと感じます」と話す荻野さん。
今は地元の商工会の青年部でも活動しており、一般企業の経営者などとも交流を深めているとのことです。
「普通の企業であれば、まず買ってくれる消費者のことを考えて商品開発をするというのは当たり前のセオリーですよね。もちろん、林業従事者の全員がそうであれとまでは言いませんが、現在の売れ筋である中径木の価格が低迷している中、それ以外のカキ筏に使うような小径木や、大きくなり過ぎて製材所で取り扱えないような大径木の使い道や販路を広げていくことは必要だと考えます」と明言します。

業界全体が底上げするような仕組みを作る
「林業でより利益を得ようと思うなら、現場の生産性を上げていくか、丸太の売価をアップさせるしかないわけです。住宅需要が低迷している中、よく市場に出ている直径20~30㎝の丸太の価格を上げていくのは難しい。そうなると、そこより細い、あるいは太い部分を活用して、平均単価を上げていくしかないと思います」と荻野さんは話します。
小径木や大径木の利用先を開拓して、高く売ることができれば、新たな展開も見えてくると力強く語ります。
「採算ベースに十分合うところまでいけば、他の事業体にも声をかけて木を出してもらう。そうなれば。当社だけではなく、業界全体が潤うようになっていく。地元の森林組合さんのほか、この美杉地区だけでも素材生産を行う事業体は複数あるので、もう少し手を取り合っていければいいと思います」と林業の行く末にも思いを馳せます。

「お金は二の次」というような風潮に一石を
「あえて独立したからには、会社をもっと大きくしたいという気持ちはあります」と言う荻野さん。とりあえず10人ほどの規模にしていくのが当面の目標だそうです。
「10人いれば、現場作業に従事するチームを2つ作って生産性を上げることを考えがちですが、作業班は1つにして、もう片方は木材の利用法を考えて、販売を強化していく部署にしていきたい」と今後の構想についても話します。
「林業従事者を募集する時に、自然豊かな田舎で余暇時間を有効に使ってスローライフを楽しめるみたいなイメージを先行し過ぎているような気がします。だからお金は二の次というか…。もちろん、そこに魅力を感じて入ってくる人はそれでいいですし『現場一筋で伐倒の技術を極めたい』という人がいてもいい。色々な考え方を持つ人々を受け入れられるような柔軟性の高い業界であってほしいですね」ということです。


「稼ぎたい」人が稼げるような林業に
「現場作業は安全第一」と「様々な木材利用を考える」の2つを企業理念として掲げている荻野林業。
「林業の事業体といってもさまざまな形態があり、決して一様ではありません。経営者の考え方も千差万別です。この業界に入った人が定着しないのは、そのあたりのミスマッチも多いような気がします。仕事は嫌ではないが、会社の方針が合わないというか…」。
それは、いかにももったいないと言う荻野さん。就職を志望する人には、入社する前に経営方針や仕事の内容をしっかり確認して、自分の希望する働き方やライフプランと合っているのかをしっかりと見極めることが大切だとアドバイスします。
そして、荻野さんはこう付け加えました。
「一般企業と同じ感覚で『稼ぎたい』と思う人も興味を持ってほしいし、そういう人も当社には来てもらいたいですね」。
木材価格が上がらないまま推移していて「林業は儲からない」という意識がいつの間にか定着してしまっています。でもやり方によっては、現状を打破することも不可能ではない。
アメリカンドリームならぬ“林業ドリーム”。それは、見果てぬ夢ではなく、案外身近にあるのかもしれません。
自称“変な”林業屋、荻野さんの今後に注目です!

