株式会社フォレストファイターズ 川瀬 晴基さん

職業も住まいも変えて人生をリセット!
林業も狩猟も臆病であればあるほどよい
株式会社フォレストファイターズ 川瀬 晴基さん(40歳)



三重県の中勢部に位置する多気郡大台町は、全体の約90%が森林で形成されています。この広大な森林を維持・管理していく必要性から、林業が地域経済を支える主要な産業となっていました。しかし、近年の木材需要の低下による林業の不振に加えて、過疎化とそれに伴う住民の高齢化が追い打ちをかけ林業従事者の減少を招き、適切な管理がされていない荒廃した山々が目立つようになってきました。
そのような現状を打破すべく、平成5年に大台町小切畑に設立された事業体が「株式会社フォレストファイターズ」です。代表取締役社長は大台町長である大森正信氏が務めており、地方自治体と民間企業の共同出資による「第3セクター」の形をとり、林業の振興と林業従事者の育成によって、地域の活性化を図ることを目的としています。

大手ホテルのフロント業務に約15年間従事
今回インタビューさせていただいたのは、三重県四日市市の出身で2年半ほど前にフォレストファイターズに入社したという川瀬晴基さん。40歳という年齢も相まって、立ち振る舞いや口調がゆったりと丁寧で人当たりの良さを感じさせます。
それもそのはず、川瀬さんの前職は大手ホテルでのフロント業務。大学を卒業してから約15年間勤めていたそうです。「大学で心理学を勉強する傍らで、ホテルのレストランでアルバイトをしていたんですが、思いのほか接客業が性に合っていると感じて、そのままそのホテルに就職したという形ですね」と、よどみなく話します。

夜勤の多い仕事。「このまま続けられるのか」
名の知られたホテルでの勤務。待遇や社内の人間関係も大きな不満はなく、役職にも就くなど一見すると順風満帆な社会人生活でしたが、川瀬さんの心中には様々な思いが去来するようになっていきました。
「ホテルのフロントという職務上、どうしても夜勤がつきもので、時には17時間連続勤務ということもありました。人生も後半戦に向かっていくに連れて、こういう働き方をずっと続けることができるのかと」。
夜通し働いて、昼間に寝る生活が日常化して、健康診断でも芳しくない結果が出たのも相まって、将来のワークスタイルを考えるようになった川瀬さん。「転職をするなら、40歳までに」と思うようになります。

趣味の狩猟を通じて林業への関心が深まる
もうひとつ、転身のきっかけとなったのが30歳の時からはじめた狩猟です。
「普段から、釣りが趣味の父親が獲ってきた魚をよく食べていました。じゃあ、スーパーマーケットで売っているような精肉ではなく、天然で新鮮な肉も食べてみたいなと。それほど深い理由があったわけではなく、今思えば軽い気持ちからでしたね」。
銃とわなの免許を取得し、同じ猟隊でハンターとしてのノウハウを教えてくれる先輩と一緒に、猟ができるシーズンには山に入るようになった川瀬さん。その関係で、林業関係者とも知り合いとなり、働く場として考えるようになったとのことです。

初めての転職で不安が募る中、とりあえず電話を
具体的な転職先として、林業が視野に入るようになった川瀬さん。ただ、決して若いとはいえない37歳という年齢で、全く経験のない仕事を始めるというのは、当然のことながら不安でいっぱいだったそうです。
「めぼしい伝手(つて)も何もないので、とりあえずインターネットを検索してヒットした『みえ林業総合支援機構』に電話をしました。林業のことは何もわからないが、とりあえず話を聞きたいと…。面談では、仕事の内容をイチから詳しく説明してくれて、自分の希望や性格に合いそうな事業体をピックアップしてもらって、職場見学の手配まで進めていただきました。とても親身な対応で、担当してくれた方には今でも感謝しています」。
最初に紹介されたのが、フォレストファイターズだったそうで「何となくしっくり来た感じがして、もう他を見ることなく決めてしまいました」と語ります。

趣味で山に行っていたのと仕事では違う
フォレストファイターズで総務兼業務課係長を務める井澤俊彦さん。ご自身も大学卒業後、26歳の時に大手企業から転職して、大台町に移住したという経歴の持ち主です。
川瀬さんについては「年齢は高かったですが、その分考え方がしっかりしていたし、仕事に関しての意欲もある。大学を卒業してから一つの企業に15年近く勤めて、役職にも就いていたというのも好印象でしたね」と採用に至った経緯を語ってくれました。
「狩猟が趣味で、常時山に入っていたというのもプラス要因でした。ただ、仕事になったら違うよと。私もここに転職してから現場作業に約20年間従事したので、その時の経験も踏まえつつ、おそらく想像しているよりもキツイ仕事だということは、最初に彼に言いました」とのことです。

林業従事者となって2年半。現在は業務と並行しながら、林業に必要な知識や技術を習得できる「緑の雇用」制度で学んでいる川瀬さん。初心者向けの「フォレストワーカー研修」の期限は、通常3年間となっています。
「緑の雇用がもうすぐ修了するので、今後は入社してくる後輩を指導する立場になります。彼は管理職の経験もあり、心理学を学んでいたせいか、同僚とのコミュニケーションも上手くとれるタイプです。人材育成に関しても力を発揮してくれると思います」と川瀬さんのことを評する井澤さん。
もちろん自分自身の技術の向上にも努めてほしいとも。「1日にどれぐらい伐倒できるかということを把握して、時間あたり何本伐って総数はどれぐらいかと。問われれば間髪入れずに答えられるぐらいのレベルに早く到達してほしいですね」と奮起を促します。


年間休日125日以上、残業は基本なし
フォレストファイターズの従業員数は現在12名。その内の5名は県外からの移住者で占められています。
「土日祝は休みで年間では125日以上。残業は基本なし。給与面でも年2回の賞与を含めれば、他業種に引けを取らない水準になってきていると思います。大手就職サイトにも登録しているので、全国から求職希望があり、本年度は4年制大学新卒の女性からも複数問い合わせが来ています」と井澤さん。遠方の人向けに、オンラインでのWeb面談も行っているそうです。
「大台町は子育て支援も充実しており、低額で借りられる庭付きの住宅や空き家バンク制度もあります。生活に支障を来すほど、急激に過疎化が進んでいるわけでもない。気候が温暖で自然豊かな環境でゆったりと暮らしたいという人は、林業という選択肢もあるということを知ってもらいたいですね」とは、町内に家を建て定住している井澤さんの言葉です。

シンプルな生活に喜び。転職に後悔はない
「住まいは空き家バンクを利用して見つけました。移住といっても四日市市と大台町という同じ三重県内なので、それほど抵抗はなかったですね。高速道路を使えば2時間かからない距離ですし。週末などは四日市市に出向いて前の職場の同僚などと会うこともありますよ」と話す川瀬さん。ただ、当初は実際の生活において、都会と田舎のギャップを感じることもあったということです。
「でも、それでよかったなと今は感じています。モノに溢れて情報過多な環境よりも、単純でシンプルな生活もいいものだなと。職業と同時に住まいも変わって、ある意味リセットしたので、これから人生の第二幕が始まっていくという感覚ですね」と、転職したことに後悔はしていないと言い切ります。


「緑の雇用」制度で横のつながりができた
県内の事業体に属する林業初心者の人たちが集まるのが緑の雇用制度。3年間にわたって机を並べて講習や研修を受けるわけですから、自然と親しい間柄になります。
「研修生の中で僕が一番の年長者なんですが、みんなよくしてくれて一緒に釣りに行ったり、お酒を呑みに行ったりしています。職場以外でも、こういう横のつながりができるのは嬉しいですね。苦楽を共にしたこのメンバーとは、これからも長く付き合っていきたいと思っています」と川瀬さん。移住先でも寄合やお祭りには率先して参加し、住民とコミュニケーションをとるように心がけているとか。「この間、近所の方から『庭の木を伐ってほしい』と相談を受けました。会社に報告して仕事として受けることになったんですが、自分も周囲に受け入れてもらっているんだなぁという気持ちになりました」と笑みを浮かべます。


仕事を長く続けるために必要な3つのこと
「焦らない、ケガをしない。できることを着実に増やしていく」というのが、仕事への向き合い方だと語る川瀬さん。今の段階では、他の人よりもできない作業が多いという現実に、もどかしさを感じることも多いそうです。
「人よりスタートが遅いので、そこはしょうがない部分もあります。かといって焦ってしまってケガをしたらどうしようもない。この仕事を長く続けたいと思っているので、とにかく安全にという意識だけは常に頭の中にあります」。
臆病であればあるほどよい。これは狩猟にも共通する考え方だそうで、勢いだけで無駄に攻めていくと大きなアクシデントにつながるとの認識です。
そうは言うものの、以前よりは技術が上がったなという手応えもしっかりと感じているとも語ります。「幸い、先輩からも『早くやれ』とけしかけられるようなことはないので、着実にできることを増やしていきたいと思います」と前向きな姿勢を示します。

狩猟免許を持つ当事者が考える「獣害」
林業を取り巻く環境において、欠かすことができない問題として挙げられるのが、いわゆる「獣害」について。狩猟免許を持つ川瀬さんに、改めてお聞きしました。
「とにかく、シカやイノシシが増えすぎたこと。それに対してハンターは減少している。現状は、このバランスが完全に崩れていますね」。他にも、地球温暖化の影響で野生動物が越冬しやすくなり、生息できる範囲が増えたことも一因とされています。
最近、北日本を中心にクマの被害が続出している影響もあり、国や行政は狩猟を行う人を増やす試みを始めています。ただ、川瀬さんによると、それほど簡単な問題ではないそうです。
「今、駆除を行っている人は、ほとんどが使命感からだと思います。「自分がやらなきゃ、誰がやるんだ」というような。でも、それだけで数を増やすのは難しい。仕留め損なうと手負いのクマやイノシシに反撃されることだってあり得ます。狩猟って、命に関わる行為なんですよ」と真剣な表情で語ります。


最近になって、川瀬さんのもとに役場から駆除の依頼が舞い込むようになったそうです。
ただ「命をいただくという狩猟と、適正な数に調整する駆除は、僕の中ではまったく違う」と、川瀬さんは語気を強めます。
まだ、あどけない表情を隠せないウリ坊(イノシシの子ども)に銃口を向け、引き金を引く瞬間…。やはり胸中に複雑な思いが去来するそうです。
野性動物の個体数を調整し、林業や農業への影響を減らしていく。生態系のバランスを保ち、自然環境を守る上においても、狩猟者の社会的役割は増大しています。このことに関して川瀬さんは「そもそも自分は『肉が食べたい』という軽い気持ちから始めたので…。でも、狩猟という行為を続けることによって、いのちの尊さや動物の生死について考えるようになりました。地域貢献という意味でも、要請があれば応えていきたいですね」と話します。


技術の向上が目に見えるのが林業の魅力
「ウチは本業に影響を及ぼさない限り、副業も容認しています。奥さんが仕事をしている社員に『手伝いに行ってバイト代稼いでこい』なんて言ってますよ」と笑う井澤さん。
「朝は少々早いですが、その分16時ぐらいに仕事が終わるので、子育て期間は私が保育園に迎えに行っていました。子どもと遊ぶ時間もたっぷりありましたね」と、今話題となっているイクメンをすでに実践していたそうです。
川瀬さんも「こちらに来てから、健康診断はすべてA判定です。朝起きて昼間身体を動かして夜寝るという生活リズムで、すっかり健康体になりました」と笑顔です。
「体形も変わりました。転職した当初は体重が落ちたんですが、また徐々に戻ってきています。でもそれは脂肪ではなく、筋肉によるもの。以前より疲れにくくなりましたし、名実ともに林業従事者の身体に変わってきていることを実感しています」ということです。
「とにかく技術をしっかり身につけたいですね。昨日よりも明日というように、技術の向上が目に見えてわかるのが林業の魅力だと思います。残された時間で、どこまで自分が到達できるのかを追及していきたい」と今後の抱負を語る川瀬さん。
林業も狩猟も、攻め一辺倒ではいけない。臆病でもいいんだ。
それが自分らしい生き方。
転職により、川瀬さんが得たものは、大きかったようです。


